SI業界の多重下請け構造を壊す者に求めたいモノ

SI業界の多重下請け構造を壊す者に求めたいモノ

今回、こちらのコラムに寄稿させていただく機会をいただいた。

まずはこの場を借りて、篤く御礼申し上げたい。

WhiteBoxというサービスや、それが目指す方向の理解をきちんとできているかは定かではなく申し訳ないが、ここでは私の感覚的なところ、そして期待するところを書いてみたい。

業界の多重下請け構造を壊す、ということ

SI業界/SES業界において「多重下請け構造を壊す」と聞いたら、まず最初に何を思うだろうか?
浅ましい考え方かもしれないが、私はシンプルに「自分達だけいいカッコをして、他社を弾き出して自社で独占したいということか」と思う。

「多重下請け構造」は諸悪の根源、悪の巣窟のように言われているが、そこに連なる企業群からすれば、その「多重下請け構造を壊す」という行為は、「自社の立場を壊す、自社そのものを壊す(=外敵)」と、目の前は感じる部分がある。

というのも、多重下請け構造というものは、考えようによっては非常に壮大な企業群の連携とも言える。
5次請け、6次請けといった深い商流の会社から見れば、上にそれだけの他の会社達が協力してくれているからこそ、自分たちが仕事を請けられる、ということでもあるのだ。

言ってみればこれはバケツリレーなのであって、決して敵対行為ではなく、むしろ協力行為である。
世の中には様々な有償の仲介サービスというものがあるが、これは全て悪質な中抜き行為だろうか?
結局のところそれは顧客の利益となるかどうかがポイントなのであり、なければ成り立たない、利益を生み出してくれる仲介だからこそ、存在もする。

それが逆に多重下請け構造ではなかったら、どうだろうか?
皆が仮に1次請け企業であった場合、まわりの各社は業界的にいうBP、つまりビジネスパートナー・協力会社という立場ではなく、全て競合他社になり、生きるか死ぬかの熾烈な競争相手となる。

仮に請ける立場としてSIerと会話した時に、「多重下請け構造を壊す」などと聞けば、それは「あなたとはもう取引しません、あなたとはこれからはライバルです」と宣言されているようにも感じる。

まして、多重下請け構造の中間以下の企業群は、営業力や所属エンジニア数など様々な部分での体力や、与信の問題から、1次請けにはなかなかなれない事がほとんどである。
それを、1次請けになれるだけの規模を持つSIerが「多重下請け構造を壊したい」などと言っていれば、嫉妬混じりに「あなたはいいですよね」と言いたくもなる。

SIerのメンツもあって、「いいですね、業界の問題を解決したいですね」と相槌を打ったとしても、それは圧倒的に有力な取引先のご機嫌を取らなければならない中小企業の悲しさによる忖度でしかなく、「いつか見てろよ」と屈辱にまみれた気分になる事もあることを、SIer企業は知っているだろうか。

大きい会社の役割、小さい会社の役割

1次請け2次請けの上位にあるSIer企業と、中間以降のSES企業。
先述した企業の体力の問題は、もちろん経営者の責任である。末端でしか受けられない企業というものは、企業としてきちんと「より良い環境、より良い企業」にしていく為の努力に欠けている、十分ではない、という事もあるだろう。

しかし、必ずしもそれだけではない。

大きい会社で、社員を何百人も抱えている企業は、必ずしも組織がきちんと細やかにできていて、ひとりひとりの従業員に対して十分にサポートできているわけではない。
むしろ大きくなればなるほど「個が組織に合わせろ」という考え方で、組織が個に合わせることはまず無い。

エンジニアというのは、個をしっかり持つ人が多い。
違う業種から見れば我儘な人種に見えてしまうかもしれないが、しっかりとやるべき事をやる上で確固たる自分のやり方を持っている、その自分のやり方では圧倒的な力を発揮できるものの、違うやり方を強要されると発揮できなくなってしまう人も多い。

そういった中で、個性豊かなエンジニアに対応する組織は、大きい企業だけあれば十分だろうか?
決してそんな事はあるまい。

ある会社では上手くやっていけなかったエンジニアが、自ら会社を立てたり、そういったエンジニア同士が集まって立てたりする場合もある。
小さい会社は必ずしも大きくする努力に欠けているわけではなく、自分たちにとっての理想形を目指して、あえてその形の事もある。

つまりこういった小さい会社にもきちんとした社会的存在意義もあって、社会に貢献している。
1次請けをできる与信が無いからといって、悪いわけでも、社会にとって必要がないわけでもない。

「多重下請け構造は悪である」という硬直した思考の元、「そこに連なる全ての企業も悪である」というのは、暴論と言える。
こういった柔軟な小さい会社が居所を失ってしまうような改革は、決して業界の為でも社会の為でも人の為でもなく、むしろ弱者を踏みにじるような行為になりかねない。

では多重下請け構造における悪とは何か

ここまで「多重下請け構造」の全てが悪とは言えない、と述べてきた。
では、これほどまでに不満と怨嗟が渦巻く「多重下請け構造」の本質的な悪とはなんであろうか。

それは極論してしまえば「理念が無い企業」ではないだろうか。
多重下請け構造の悪は「中抜きビジネス」であり「企業のあくなき金儲け意欲」だと思われがちだが、これは正しくない。

仮にとある多重下請け構造を形成する企業が、「金儲け」というものを徹底して追及したとする。
もしそういう企業であれば、もし多重下請け構造がただ中抜きをするだけの構造であれば、自社はそこから距離を置きたくなるはずだ。何重にも中抜きをされて良いことなど無いのだから。

だからいつか必ず多重下請け構造を脱しようとするし、安穏とそこに連なることもしない。
より上位で仕事を請けようとし、人員を増やし投資を増やして会社をスケールさせようとし、商流の深いところに留まることはない。

逆に金儲けではなく、エンジニアの立場や環境を何よりも重んじる会社だったらどうだろうか。
これもまた、無駄に中抜きだけされるビジネスを良しとするわけもない。その環境にいることが、エンジニアにとって良いことではないからだ。

それでも商流の深い所で仕事を請け、多重下請け構造を形成するとすれば、それは「それをしたほうがまだエンジニアにとって為になるから」という面がある。
つまり、その仕事を請けないほうがよりエンジニアにとって良くない、稼げない、そんな現実があるからこそ、なのだ。

だから多重下請け構造に甘んじていたとしても、エンジニアを重んじる理念がある会社は、それが良いとしてやっているわけだからして、悪だと断じるような対象ではない。

厄介にして悪と断じることができるのは「理念の無い会社」、これは言いかえれば「やる気の無い会社」であり、自社の利益を最大化するよう追及する事もなく、エンジニアの待遇や環境をより良くするよう奔走する事もなく、「昔からやっていることを、昔のままにやり、今のままが続けば良い」と願うような企業である。

こういった理念の無い企業は、営業部隊もほとんど存在しない。存在しないからこそ、ただ上からの仕事を請け、自社で請けられないものも下に流す事で僅かばかりの利益を得る。
しょせん大きな利ざやは取れないので、自社の投資にもまわさない。僅かばかりの経営者が、大儲けもせずひとまずやっていければ、それで良いのだ。

能力を発揮もせず努力もしない企業や人は、滅べとまでは言わないが、相応の扱いを受ける結果がふさわしいのではないだろうか。
そういうやる気の無いSES企業にそれとは知らずに就職してしまったエンジニアは、もっと他の企業に就職すべきであり、一部の企業のやる気の無い停滞に、業界全体が足を引っ張られてはならない。

多重下請け構造を壊す者に、求めたいモノ

これだけ「多重下請け構造が悪である」と多方面で言われながら、それが無くならないのは何故か。
それはここまで書いてきたように「多重下請け構造の全てが悪ではないから」である。
冒頭より述べている通り、「多重下請け構造を壊す」というだけでは、多重下請け構造を形成する業界企業にとっては、「自社を潰す」と言っているようにさえ感じてしまう。

だがこれも前述した通り、多重下請け構造には悪が潜んでいる事も事実であり、もっと良くなればいいのに、というのは多くの者が思っている事でもある。

そんな「多重下請け構造を壊す」という意気込みは、たまに聞かれるものであるが、期待をするのと同時に「どうせまた同じような綺麗ごとではないのか」と失望や諦めをもって見る業界人も多かろう。

だからここで、多重下請け構造を壊そうという者に求めるモノを、提言してみたい。

1つは「利益の付け替えであってはならない」という事だ。
多重下請け構造において、理念も努力も無い企業がただ中間マージンだけを搾取していたとしても、それを改革しようという者が、そのマージンを自分につけるだけでは、他の者から見ればそれは結局「誰が利益を持っていくか」の構図が変わっただけであり、自分たちにとってのメリットが無い。

悪徳商人を倒せ!と意気込んで倒した者が、その悪徳商人と変わらない事をしたら意味が無い、という事でもある。
だから、例えばいま5次請けとか6次請けという深い商流まであるものが、1次請けしか存在しなくなったとしても、その改革を成し遂げた1社の1次請けだけが生き残って、他の全ての企業が滅ぶようなものであれば、業界を挙げて全ての企業が反対するだろう。
そのやり方は、決して上手くはいかない。私利私欲では、人はついてこないのだ。

だから業界改革を成し遂げよう、多重下請け構造を無くそうと意気込む者ほど、私利私欲の為ではなく、利他の精神でもって業界のため、その業界を構成する人の為に動かなければならない。

改革には痛みが伴うのは世の常である。その痛みをただ他社に押し付けるようでは、理解も賛同も得られず、裸の王様にしかならない。
自らが痛みを負ってでも、という気概があってこそ、である。

WhiteBoxに期待したいモノ

WhiteBoxというサービスを拝見した時、なるほどこれは開かれたオープンなプラットフォームとして透明性を増せば、上に書いてきたような各SES企業の理念といったものも見えやすく、頑張った者才能がある者と、そうでない者に、それぞれ相応のふさわしい結果をもたらすかもしれない。
そうすれば確かに、ただ貪るだけの企業や人から、きちんとした企業や人に利益が行き渡り、日本のシステム開発という産業は、より良くなるかもしれない。

ただしこれはやはり皆が、「ただ自社で市場を独占したいだけではないのか」という疑いの目も同時に向けるものであると思う。
どれほど多重下請け構造を壊したとしても、そこで出てきた利益を自社で全て持っていこうとするならば、上手くはいかないだろう

WhiteBoxを立ち上げた情報戦略テクノロジー社は、SI業界でそれなりの地位を築いている。
その情報戦略テクノロジー社が、自ら身を削って投資して立ち上げたWhiteBoxというサービスが、率先して傷の痛みを負ってでも業界の為に改革する旗手となってゆくのか。

期待を持って見守っていきたいと思いつつ、筆を置かせていただく。
今後のWhiteBoxに、SI業界/SES業界は注目である。

 

(※編集部注:本コラムは執筆者の個人の考えによるものです。当サイト・運営会社の見解ではありませんので、予めご了承ください。)

 

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