SESにおける商流飛ばしの是非と苛烈な報復措置

SESにおける商流飛ばしの是非と苛烈な報復措置

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SES業界での「商流飛ばし」と、それをすると結果どうなるのか。
実際のところ「商流飛ばし」は目指すべきなのかそうではないのか。
書きながらまとめていきたいと思います。

そもそもSESとは?

「SES」とは、システムエンジニアリングサービスの略であり、いわゆる業務委託(準委任)でシステムエンジニアの労働力を提供するサービスです。

システムエンジニアがシステムの開発をする為にコードを書く(ないし、付随する作業をする)のは同じでも、その形態には大きく分けて3つの形があります。

1つめは業務委託(受託)。これはある意味で分かりやすいもので、システムを作りたいお客さんが、システム開発を専門とする会社にその全てをお願いする、という形です。

2つめが派遣契約。労働力を提供するという意味では自然な形であるのが派遣契約で、システムを作りたいお客さんの元にシステムエンジニアが派遣され、そこで一緒に開発をします。

3つめがこのSESで、同じくシステムを作りたいお客さんにシステムエンジニアが派遣される形のため「なぜ派遣契約ではないのか」「偽装請負ではないのか」など様々に言われます。
ここではその詳細は省きますが、主には「指揮系統の問題」と「調達の問題」において、実態としてSESが使われているのは一般的な状況です。

ただしこれも実際問題として、「ITゼネコン」と呼ばれるような「多重下請け構造」になっているのも事実で、そこには様々な弊害もあります。

商流とは?

商流とは、多重下請け構造の中で「どういう契約の流れで発注されているか」という事になります。
例えばシステム開発をしたいお客さん(エンド企業)がいて、「元請け」とも呼ばれる1次請け企業がいて、更に2次請け企業、3次請け企業・・・と連なっていくその「流れ」が「商流」です。

実際の契約の中では「商流制限」といった形の用語で使われ「御社1社先まで」と言われたりします。
案件側でも「エンド→元請け→弊社」といった形で「商流」が書かれていたりします。

商流は、「浅い⇔深い」でどのくらい階層があるかが表現されます。
1次請け、2次請けまでしか無ければ「浅い商流」になりますし、6次請けとか7次請けまであれば「深い商流」になります。
この「深い商流」において商流が明かされる事はほぼなく、「エンド→元請け→2次請け→3次請け→4次請け→5次請け→弊社」などと書かれている場合はありません。

深い商流が明かされない理由は2つあり、1つは「その会社がそもそもに商流を把握していない」というものと、もう1つが「商流を明らかにしてしまうと逃げられるから」というのがあります。

実際に参画するエンジニアの立場になってみると「こんな仕事があります。弊社が仲介しますがその先のお客様の所に行ってもらいます」という浅い商流(エンド→弊社)の場合と、深い商流で「この仕事はA社とB社とC社とD社とE社と弊社が仲介してますが、あなたが行く先はエンドのお客様の所です」となるのと、後者でやる気が出る人はいないと思います。
「こんなに仲介が多くて、それぞれ何をしてくれてるの?中抜きしてるだけ?」という疑念しか湧きませんので、エンジニアに対して深い商流は見せられません。同じように、D社やE社のような深い商流に沈む企業にとってもそれは同じで、D社からE社に出す時には既に商流を隠していたりしますから、E社以降は商流の全貌を知らない、などとなるのです。

そういった意味では、「把握していない」という事と「隠したい」という事は根本的にはイコールな事で、多重下請け構造では途中から「隠したい」という意向が強くなっていくため、把握もできなくなるのです。

なぜ深い商流が生まれるのか

ブラックとしか言いようがないような「深い商流」がなぜ生まれるのかといえば、それにはいくつかの理由があります。

1つは単純に、開発案件に対して使えるエンジニアの数が限られていて、調達がなかなか難航するから、です。
どこかの会社が「エンジニア募集」をして、そこにすぐ集まってくるようであれば、そもそもに深い商流はなかなか生まれません。
しかし実際には簡単に集まらず、「誰かいない?」「誰かいない?」と次々に人づてに辿っていくということは、その「人づて」がつまり商流となり、多重下請け構造が生まれるのです。

「人づて」部分に報酬、ましてや契約を発生させなければ、多重下請け構造にはなりません。しかしここには、SES業界の体質があります。
SES業界の体質として1つは「小さい企業が多い」というのがあります。
SESは参入障壁のとても低い業界で、数名のエンジニアがいれば、それでもう会社としてやっていくことができます。

しかしこれこそが多重下請け構造を招くことでもあり、営業力が無ければ当然仕事の獲得は外部に頼らざるを得ませんので、「人づて」を多く頼る事になるのです。
しかも会社の規模が小さいという事は、「せっかく手に入れた案件も自社ではアサインできる人材がいない」などとなりがちで、それを素通りで他社に出すのは自社にとって損失でしかありませんから、「仲介」という形になります。

「中抜き」と言えばとても悪いことに聞こえますが、これは言い方を変えればある種の「互助」でもあります。
規模が小さくリソースが限られた企業同士が結束し、ネットワークを形成する事で上手く仕事(お金)を融通しあっているのです。
その結果、小さい企業でもやっていくことができます。

ですから、この「多重下請け構造」は一概に「無くせばいい」というものではなく、限られたリソースと営業力をどこで補うか、その対案を示せなければ、ただ悪と論じられるものではないのです。

商流飛ばしとは

さて、本題である「商流飛ばし」とは何か。
それは読んで字のごとく「商流を飛ばすこと」に他なりません。

エンド→A社→B社→C社という商流があったとして、C社から見ればA社とB社に中抜きされているわけですから、最初からエンド企業と契約できれば、より高い金額で契約できる!!となります。

この「より高い金額で契約できる」という事は事実です。
ですから当然、それを目指す動きなどが出てくるもので、それこそが「商流飛ばし」になります。

長く契約しているとなおさらで、C社が長くエンド企業のシステム開発に貢献していると、エンド企業とC社(に所属するエンジニア)との関係性も深まります。
関係性が深まった中で、なぜ直接契約していないのか、なぜA社とB社がいつまでも契約に入り続けるのか、と疑問に思ったりもするでしょう。

そうなれば、商流飛ばしをするのも当然なように見えるかもしれません。
しかしここには、いくつか見落としている事があるのです。

まず、そもそもの契約においては「与信」というものが存在します。
とても大きなエンド企業と、とても小さなC社だった場合、何かあった際の責任能力の無さから、直接仕事を発注できない事が多々あり、それが「与信」の問題です。

A社やB社は与信の中で責任は負っていますから、例えばC社のエンジニアが突然いなくなってC社には他にエンジニアがいないような場合、それぞれで代わりのエンジニアを見つけるなり、金銭的に解決するなりするだけの体力があります。
しかしC社にはそれが無い、そういった場合、そもそもにC社はそのエンド企業の仕事を請ける力が無い事とイコールであり、A社とB社は「無駄な中抜き」ではなく、「責任を担保してくれている支援者」なのです。

商流飛ばしへの「報復措置」

商流飛ばしをして、それが明るみに出た場合の対応がどうなるかと言いますと、なかなかに苛烈です。
先に書きましたように「人づて」が中心、言い換えれば「互助機能」でまわっている深い商流は、その商流の繋がりこそが重要であり、商流飛ばしはその互助機能に対して極めて強い背信行為なのです。

したがって、まず目の前の企業からは「取引禁止」となります。もうそことの取引はできません。
問題はここに留まらず、「商流飛ばし」は業界の強いタブーでもありますから、「商流飛ばしをした企業」という評判が広まれば、多くの企業から取引してもらえなくなる可能性もあります。

ここにおけるSES業界の反応はなかなか苛烈で、やはり互助機能として結託している世界では、それを乱す者にはかなり強いアレルギー反応を示します。
そのため、商流飛ばしをしたという噂も一気に広まりますし、強い警戒感を持たれる形になってしまいます。

そもそも商流飛ばしをするような深い商流に沈んでいる企業にとっては、他の仕事がまわってこなくなることは、死活問題になりかねません。

商流飛ばしは正義か?悪か?

多重下請け構造を「悪」と捉えた場合、商流飛ばしはある種の「正義」かもしれません。
SESにおける互助機能を「悪の結託」と見た場合、苛烈な報復措置もむしろ「イジメ」のようなものに見えかねませんし、悪い企業たちが結託して良い企業を弾き出しているようにも見えるかもしれません。

しかしそれは果たして、正しい見方でしょうか?

「互助機能」というのはつまり、お互いに相手を助けてあげている、という思いやりの世界でもあります。
もちろんタダで仕事をまわしてあげているわけではないとはいえ、営業力の乏しい会社が仕事を手に入れられるのも、ひとえにこの「互助機能」があるからこそ、です。

多重下請け構造の深い商流を「悪」とするならば、そもそもなぜその多重下請け構造の深い商流で仕事を獲得したのか、商流飛ばしをする会社の「正義」は十分ではありません。

ましてそれがSESの会社の場合、では「エンジニアをエンド企業に引き抜かれても、それが正義だと言いますか?」となります。
多重下請け構造を端的に無くしてしまえば、「エンド企業がエンジニアを直接雇用する世界」となります。ここにおいては、その商流飛ばしをした企業そのものが、中抜きをするプレイヤーの一員でしかありません。

この観点ではSESという形態そのものが企業による中抜きであって、エンジニアは皆エンド企業で雇用されるべき、と思うかもしれません。
それはある意味で正しい事です。

エンド企業が引き抜こうとするのは、上に書いたSES企業が「多重下請け構造を使いながらそこを否定する」というのと同じで、エンド企業が「SESを利用しながらSESを否定する」という事なので、そこの正当性は見出せません。
しかしエンジニアが自らエンド企業への就職を目指すことは「職業選択の自由」にもあたりますし、正しい事だと思います。

ところが、現実にはこうはいきません。エンド企業側は開発会社ではありませんから、エンジニアを直接雇用したとしても、そのプロジェクトが終わった後には余剰リソースとなってしまうのです。
ここには、自由に解雇できない日本の雇用制度にも原因があります。
結果として直接雇用は難しいため、だからこそSESという業態が必要になるのです。

話を元に戻せば、そのSESの一員として仕事を請けておきながら商流飛ばしをする行為は、極めて自己中心的な背信行為である、と言えます。

商流飛ばしではなく、営業活動を!

では深い商流の企業はそのままずっと深い商流にいなければならないのか、といえば、決してそうではありません。
そもそもになぜ深い商流なのか、ということを紐解いてしまえば、ここまで何度か書いてきたように「営業力の欠如」でしかないのです。
自社に営業力さえあれば、深い商流に沈むことはありません。

深い商流で契約した後に、間の商流を飛ばそうとする行為は、間違いなく商流飛ばしで背信行為です。
しかし、元々浅い商流で直接契約しようとする行為は、「商流飛ばし」とは言いません。
深い商流で獲得したものをショートカットするからこそ「飛ばし」なのであって、最初からそこで獲得すれば「飛ばし」ではないのです。

先ほどの例のC社であれば、エンド企業に営業をかけ、しっかりと与信審査も通過し、直接契約すればいいだけなのです。
与信の問題などでそれができなかったとしても、大手SIerときちんと関係を築いて、A社と直接契約すればよいのです。

そういった営業努力を何もせず、B社から請けておいてそれを飛ばそうとするから、商流飛ばしという背信行為となるのです。
それは言い換えれば「楽をして良い結果を得ようとする行為」と同じでもあります。

互助機能は営業力の乏しさを補うものでもありますから、その必要が無いだけの営業力があれば、多重下請け構造に沈む事もありません。

商流飛ばしではなく、営業力の向上を目指す。

これこそが、多重下請け構造を真に是正するための正しい方向性と言えると思います。

 

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