SESブラック多重下請け構造を支える隠蔽体質

SESブラック多重下請け構造を支える隠蔽体質

SESはよく「ブラックな業界」と言われ、その典型的な例である「多重下請け構造」は悪質な中抜きビジネス、搾取である、とも言われます。
この意見には、正しい事もあれば、事実を全て把握していない事もあり、一概に言えない面があるのですが、総じてネガティブな印象が多いことは事実です。

そんなSES業界で、筆者はとある面談に同席した事があるのですが、そこで最も驚いた事は、冒頭に営業の名刺交換の後、エンジニアの方も名刺交換をしようとしたのですが、所属企業の営業が「いや、それはちょっと・・・」と止めたのです。

あえて直球で言ってしまいますが、一般的なビジネスの場で、名刺交換をしない事はむしろ失礼です。
人間が一人で出来る事には限りがありますから、人と人との繋がりこそが何よりも大事なものであり、ビジネスの根幹です。
それをよく分かった人ほど、自分の可能性を広げる為にも、積極的に名刺交換をします。

もちろん、止めた営業にも理由があり、SES業界ではそう珍しくない事とも言えます。
しかし、自ら進んで名刺交換をしようとしていたエンジニアが、それを止められた時に苦笑いで隠した先に一瞬見えた気がする寂しさ、それを私は忘れることができません。

なぜこんな事が起きるのか、業界の実態とあわせて書いてみたいと思います。

SES業界といってもホワイトもあればブラックもある

誤解の無いようにこれは重々明記しておきたいのですが、SES業界は全てがブラックなわけではありません。
企業によって本当にまちまちであって、よくネットで起こるSES論争は、これが食い違っている事に起因する事も少なくありません。

つまり、ブラックSES企業を念頭に置いて業界を批判するエンジニアと、ホワイトSES企業を念頭に置いてそれなりに頑張っていると擁護する営業や経営者、そもそもに前提として見ている物がまったく異なるのです。

批判される時によくあるのは「SESは中抜きをするだけのビジネスなんだから、全てブラックだ」という乱暴な丸め方です。
これは、正しくありません。

きちんとしたSES企業は、バックオフィス部分だけではなく、研修であったり、営業力であったり、チームとしての提案だったり、空き稼働待機時の報酬保証であったりと、様々な面でエンジニアをきちんとバックアップしています。

チーム提案は、それを引っ張るエンジニアの場合「自分の能力分で他のロースキルエンジニアを養ってやっている=自分の報酬が抜かれている」と考えるかもしれませんが、実は逆です。
優れたエンジニアだけで構成されていると、売上は全てそのエンジニアがもたらすものであり、管理費の類は全てそこから賄う事になります。
しかし、ロースキルエンジニアも売上を上げる事によって、管理費をそこからも賄えるということは、結果的にそれを引っ張るハイスキルエンジニアの負担額が下がる=取り分を上げる事もできるようになるのです。

それが、企業で本来あるべき「スケールする」という事でもあり、どんなに職人的に高い技能を持っていたとしても1人の人間ができる範囲の作業量だけでは、価値は遠からず必ず頭打ちします。
他の人にも多大な影響を与えてこそ、年収が1000万円をはるかに越えて行くほどの価値を生み出すのです。

営業力もまた「企業という多人数が集まった組織力で個人の力を越える」という最たる例であり、企業そのものが持つ「のれん」という力も含めて、その営業力があるからエンジニアはその単価でアサインされる、という側面もあります。
ここには忘れてはいけない重要な要素として「与信」という側面もあります。大きな仕事になればなるほど、企業としての与信が無ければ受けることはできないのです。

こういった組織として個人の力を越えた力を発揮するための企業努力を、きちんと頑張っているSES企業もあれば、まるで頑張っていないSES企業もある、というのは正直なところです。

頑張っていない企業の場合、与信が高いはずもなく、営業力もありませんから、知り合いのツテだけで仕事を取ってくるため、三次請け以降は当たり前で、それこそただピンハネするだけのブラック企業、という誹りも免れないでしょう。

エンジニアの価値もまた様々

これは特に駆け出しであったり、これからエンジニアを目指すような人たちにとっては「エンジニアは特殊技能を備えたとても貴重な存在で、高い報酬が簡単に得られる」というイメージかもしれません。

しかし残念ながらそれは甘い面があります。
確かに高い技能を身に付ければ高い価値を生み出しますので報酬も高くなりますが、それは決して「簡単」に身につくものではありません。
スーパーなエンジニアは、本人がそれを努力と感じていなかったとしても、人並外れた努力の上にその技能を身につけています。

エンジニアの技能というものは、恐ろしいほどに差があります。
極めて高い技能を持つエンジニアは「出来ない事がない」といえるだけの、高い柔軟性と学習力を兼ね備えています。
そしてエンジニアもプロであればビジネスマンの一員ですから、優れたエンジニアであるほど、交渉力、業務知識の習熟力、財務知識などなど、エンジニアリングに留まらない総合力を発揮するのです。

ここにも1つのポイントがあります。
仮にサッカー選手で、極めて高い技能を持つ選手がいるとします。
でも、コミュニケーション力が皆無で、他人と協力しようともしなかったら、どうでしょうか?
サッカーはチームスポーツですから、どれほど優れた選手であっても、あまりにもチームワークが無ければ、結局力を発揮できません。

同じ事がエンジニアにも言えるのです。
職人的に1人で作品を作り上げるだけであれば、エンジニアリングの技能だけあればよいでしょう。
しかしビジネスという会社組織の中で大きな力を発揮するには、コミュニケーション力を中心としたエンジニアリング以外の能力も、必ず必要になります。

一部のエンジニアはそういった要素を考えず、エンジニアリングの能力だけをもって「自分は特別」という意識があり、むしろ経営者や営業に対して「お前らはプログラミングできないくせに」と見下していたりします。
そういうエンジニアは逆に経営力や営業力が皆無なのですが「それは自分の仕事ではない」と言っているそれがまさにブーメランであり、経営者や営業から見ても、コードを書くのは自分の仕事ではないのです。

ですが優れた人材は総合力がありますから、優れたエンジニアがエンジニアリング以外にも広い知見があるように、優れた経営者や営業は、エンジニアリングの知識であったり理解もそれなりにあったりします。

このようにビジネスマンとしてのエンジニアのレベルは千差万別ですが、それも一緒くたにして「エンジニアとは」と語られていると、SES業界を語る議論が紛糾していても、前提として想像しているエンジニア像がまるで違うものだったりします。

多重下請けは単価などの情報を隠蔽する事によって支えられている

ブラックな業界の典型とされる多重下請け構造がなぜ成り立つかといえば、数々の隠蔽があるから、というのは1つの事実だと思います。

ここで冒頭の名刺交換の話に戻れば、所属企業の営業担当者はなぜエンジニアによる名刺交換を止めたのか。
それは、引き抜きを防止する為です。

SES企業にとって、提供する商品はエンジニアそのものです。
もし仮に他社に所属エンジニアをすべて引き抜かれれば、売上は即座にゼロになってしまいます。
企業のリスクマネジメントとしてそれは絶対に避けたいものですから、業界のしきたりとして引き抜きは厳禁であり、もし引き抜き行為が明らかになれば、取引NGになります。

そういった業界のしきたりを理解していれば、名刺交換を止めるのは当然の事であり、なんの疑問も感じないことでしょう。
でもはたして、それが本当に正しいのでしょうか?

「人材を引き抜く」という行為は、エンジニアに関係なく企業としてはそのまま看過できるものではありません。
しかし、人には「職業選択の自由」という大きな権利があります。
本来引き抜き行為というのは、強制的に止められるものではありません。
無論、競業避止の措置を取ることは法的にも認められていますので同業者への再就職を拒むことはできますが、「相応の報酬設定をする」など条件もまた定められています。

つまり、産業スパイのように特定のノウハウを盗む為の引き抜きは倫理的にも問題がありますが、単純に人を評価して、より高い報酬・良い条件を出すのであれば、その人はそちらに行くべきであり、それこそがプロの世界だと言えます。
もしそれを防ぎたいのであれば、相手よりも高い報酬・良い条件を出すべきであって、それをせずにただ抑え付ける行為は、本人の為にはなりません。

SES業界のとても良くない所は、こういった人の移動を、隠蔽によって阻害している要素がある所です。
分かりやすい例が、多重下請け構造だと思います。

五次請けや六次請けなどの極めて深い階層の多重下請け構造の場合、エンド企業も何社下のエンジニアが来ているか知らず、エンジニアもまたエンド企業が何社上の契約にいるのか知らない、という事が多々あります。
そうなると、仮に100万円でエンド企業が発注していたとしても、エンジニアは20万円しかもらっていない事もあり、「100万円の仕事を期待する企業と20万円相当の労働者」では釣り合わなくて当然です。

更に、多重下請け構造の階層の深さによる問題も、隠蔽によって成り立ちます。
仮に同じ100万円の仕事を請けている同じくらいの能力のエンジニアが、二次請けの企業所属のエンジニアと六次請けの企業所属のエンジニアだったとしましょう。

この場合、二次請けのエンジニアは70万円もらっているけど、六次請けのエンジニアは20万円しかもらっていない、などとなり、まったく同じ仕事をする同じ能力なのに、こうも差がついてしまいます。

ここでもし仮に、この2人がお互いの状況を教えあったら、どうなるでしょうか?
六次請けのエンジニアは当然、可能であれば二次請けの会社に移籍したい事でしょう。

こういった点からSESでは単価の話はタブーとなりがちであり、ブラックな企業ほど、エンジニア同士の情報交換さえ遮断しようとします。
逆にそうではない企業は帰社日を多く設けたりと、エンジニアが他の人と交流する事を阻害しませんが、知られたらまずいような構造になっている企業ほど、まるで籠の中の鳥のように、エンジニアを孤立させ、情報を与えないのです。

自然淘汰とその先にある世界

情報を与えない事によって実態を掴ませないようにしたところで、現代は高度な情報化社会です。
様々なところで情報が伝搬し、隠蔽しようとしてもしきれない面も出てきます。

そうなれば、悪質な中抜きだけに徹底する会社も、淘汰されてゆきます。
大事なことは、エンジニアの方々がより正しい情報に触れる事であり、SES業界全てを悪だと思い込んでしまわずに、よりきちんと組織としての企業努力をしている会社に所属するべきなのです。

そしてエンジニア情報がきちんと伝わっていけば、仮に与信の問題があったり、あるいは責任の問題であったり規模的に開発コントロールはしたくないという会社であっても、せめて二次請けのポジションとなり、三次請けより深い階層になる事はありません。

与信をクリアして開発コントロールが出来る会社が一次請けとなり、それ以外の会社は全て二次請けとなれば、三次請け以降の深い階層の多重下請け構造は死滅するのです。

なぜそうならないか?と言えば、一次請けの会社から、現状で三次請け以降の会社のエンジニアが見えないから、です。
見えれば当たり前ですがマージンが少ない方が、条件が良くなりますので優先されます。

ですからこういったエンジニア情報の透明度が上がれば上がるほど、深い階層の多重下請け構造に対して、自然に淘汰されるべき淘汰圧をかける事ができます。
逆に隠蔽されていれば、変わることもありません。

しかしいま三次請け四次請けの中間マージンで稼いでいる企業にとっても、自社が二次請けに上がる事になるわけですから、決して悪い世界ではありません。

深い階層の多重下請け構造が無くなって困るのは、企業努力をまるでしていない会社だけであり、企業努力をきちんとしている会社は上がり、そうではない会社は下がる、これはあるべき社会の方向性でもないでしょうか?

そうして、才能があったり、努力をしている人たちがそれに相応しく報われる、そんな業界となり、システム開発そのものも、かけたコストに見合う形になっていくことを、願ってなりません。

 

(※編集部注:本コラムは執筆者の個人の考えによるものです。当サイト・運営会社の見解ではありませんので、予めご了承ください。)

 

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